皆さま、こんばんは。
今回は、言葉探しの旅記録です。
今回は本の雑誌「ダ・ヴィンチ」を読んでいて、出会った言葉を紹介させていただきます。
私が読んでいたダ・ヴィンチ2023年1月号は年末恒例の「BOOK OF THE YEAR 2022」という特集が載っていました。
この企画は小説・コミック・文庫・エッセイやノンフィクションそれぞれの部門での年間のランキングを発表。
上位受賞の作品の著者や注目の作家の方へのインタビューが掲載されていました。
その中で、文庫部門の今年の1位は星野源さんの「いのちの車窓から」でした。
そして、1位受賞の星野さんへのロングインタビューが載っていて、その中で星野さんがおっしゃっていた言葉が印象的だったので、ぜひ皆さんにも共有させていただきたいと思い、記事を書きました。
紹介する部分は長くなってしまっています。しかし、省略する部分を多くするのもなんか違うなというか、せっかくのメッセージが伝わらなくなってしまうので、ほとんど全部載せました(笑)
ぜひ、多くの人に1度は読んでもらいたいです。
星野さんの言葉
「今、ナチュラルでいようとしてもなかなかいさせてもらえないって言えばいいのかな。(中略)普通だとか当たり前だと思われていたことがどんどんそうではなくなってきている。(中略)ニュースを見て日々傷つくことも多いじゃないですか。そういったなかで、心を揺らさない人のほうが評価される世の中になっている。戦略を持って左脳でどんどんぶった斬っていく、インスタントで断定的な言葉にいいねが集まる時代によりなってきているきがするんです。でも、日々の”情報”ではなく自分が体験した出来事に対してちゃんと心を揺らして肉体とか感覚で反応することは、こういう時代だからこそ大事じゃないかなと改めて思っているところなんですよね。」
(ダ・ヴィンチ2023年1月号 47ページ)
今の時代をきちんと見つめている人の言葉
この言葉を読んだ時に思ったのが、“私が今までザワザワして悩んでいたことを全て説明してくれたような完璧な言葉だな“ということでした。
なんか、モヤモヤしていたことが少しラクになったというか、、、
「星野さんもそう思っていたんですね」と。
星野源さんは俳優としてはもちろんのこと、歌手や文筆家としても活躍されています。
私も音楽を趣味でよく聴いていますし、星野源さんの歌は結構聴いているのですが、いつも思うのは常に“今“を見つめている人なんだなということ。
世の中の様子にアンテナを張っている人はたくさんいるけど、星野さんはきちんと“今“を見つめて、“今“を楽しみながら作品を作られているなと私は思います。
そのように感じた作品は星野さんの「ドラえもん」や「創造」という楽曲。
それぞれのタイアップ先のものをきちんと研究していて「リスペクト」も伝わりますし、何より星野さん自身がとても楽しんで作品を作っているなと感じました。
そんな星野さんだからこそ、このなんとも言葉に表すのが難しい今の時代をきちんと言葉にして表すことができるのだなと思いました。
ナチュラルでいるとは
まず星野さんがおっしゃっていた中で、「ナチュラルでいようとしてもなかなかいさせてもらえない」という言葉。
これってすごく深いなと思いました。
近年、「多様性」という言葉が出てきましたよね。
「多様性を認める」「多様性を受け入れる」という言葉が並ぶようになりました(私は正直このような言い方はあまり好きではないですが、、、)。
一見するとありのままの自分で“ナチュラル“でいやすい時代になってるのかなと思いつつ、ナチュラルでいようとするとそのこと自体を叩く人もいたりとか、やいやい言う人もいますよね。
しかもその“やいやい“が本人に届きやすくなってしまっているのも厄介なことですね。
本当の意味でのナチュラルでいることはまだまだ難しいのかもしれません。
ニュースを見ると傷つくだけ
私は、現在テレビのニュースやネットのニュースはほとんど見ていません。
“ニュースダイエット“というものを実践しています。
というのも私は元々ネットニュースをめちゃめちゃ見る人間でした。
空き時間とか移動時間とかも常に見ていました。今思えば少し依存症に近かったと思います。
すると、徐々に体に不調が出てきてしまいました。
疲れやすかったり、落ち込みやすくなってしまったり、、、
これはいけないなと思った時に“ニュースダイエット“というものに出会い、実践しました。
今はほとんどニュース番組もネットのニュースも観ていません。
(また、ニュースダイエットについては違う記事で書きますね!!)
星野さんもおっしゃっていますが、ニュースを見ると傷つくことが多いんです。
星野さんの表現でいうと”心が揺れてしまう”んです。
そんな自分の心を素直に揺らいだままにしておくことも、今の時代は難しいのかと少し辟易してしまうことも最近はあります。
ニュースは今の世の中を知るという意味では必要なのかもしれませんが、心がなんだかザワザワするなと感じた時は、少しニュースから離れてみることも考えた方がいいのかもしれません。
極端な時代に突入したのか?
今の世の中って、かなり極端だよなと思うことがあります。
なんでもズバッということがカッコいいみたいな。
そういう言葉たちがピックアップされて、上に立っているような構図ができていますよね。
「はっきり言ってくれて気持ちいい!!」とか。
ダメだということをグレーにすることは良くないと思いますけど、何でもかんでも決め打ちみたいな言い方でコミュニケーションが進んでいくのは私は悲しいなと思います。
極端な言葉を使ったやりとりを見ると、「本当に人対人のやりとりなのか?」とさえ思ってしまうようなことも。
自分も含めて世の中には色々な人がいます。感情も人それぞれなのです。
このような、ごくごく当たり前なことを理解しているようで、理解していない人が実は多いのかもしれません。
これは私自身も常に気をつけて、周りの人と会話をしなければいけないなと思っています。
「〇〇が普通だよね」とか「〇〇であるべきだよね」という言葉を私は前まではよく会話の中で使ってしまっていました。
でも、今は使わないようにしています。
“自分の方がもしかしたら非常識なのかもしれない“
そんなことをみんな多少なりとも頭の中で思いながら生活をすれば、自然と謙虚な気持ちで人と接することができるのかなーなんて思ったりもしました。
自分の感情を認めてあげることができた
ここ数年で一気に世の中の様子が変わり、少し前までは毎日生きているということに対して疑いを持つことがなかったのですが、コロナをはじめ、今の世界情勢などを見ているととても毎日安心して過ごすということができなくなりました。
今もそんな気持ちで毎日を過ごしています。
ざわつく心を共有したくても、周りの方々とはなかなか共有しにくい微妙な感情です。
そして、極端なコミュニケーションがメジャーになってしまっていることへの違和感も中々大々的には言えないです。
でも、星野さんのように一線で活躍されていて、尚且つ表現する立場の方も同じような感情を抱いているのだと知ることができて少し安心しました。
”こんな風に不安な気持ちでもいいんだ”と自分が抱く感情を少し認めてあげられたような気がします。
星野さんがおっしゃっていたように、自分が体験したことや感じたことに素直に「心を揺らして」過ごすことを意識して少しでもハッピーに生きられたらいいですね。
それでは今日も1日頑張りましょうか♪
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